ITアーキテクトや技術研究所員などを経て、現在はアジャイルコーチとして活動している青山 裕介。社内外へのアジャイル開発適用を通じて、アジャイルマインドの伝道を推進しています。ベテランになってからアジャイルと出会い、大きく変化したという青山が、これまでのキャリアと価値観の変遷を語ります。

社内外へ向けたアジャイルの普及活動を行う伝道師

▲プロセス統括部 開発推進室 シニアITアーキテクト 青山 裕介

 

金融業や人材紹介業など多くのシステム開発案件に参画し、Java言語を中心に、開発だけでなくアーキテクチャ検討、フレームワーク設計開発、開発標準化などを行ってきた青山。現在は“開発推進室”で、システム開発現場の生産性向上・社内DXの推進に取り組んでいます。

「2023年に新設された開発推進室に異動しました。それまではずっとシステム開発部門にいて、企業向けのシステム開発の経験が中心でしたが、開発推進室のミッションはシステム開発現場の生産性向上・社内DXです。たとえば、生成AIをどう活用すれば生産性が上がるか、それを社内にどう広めていくのか、ほかにも有効な手段はどんなものがあるか、といったことを考えています」

他にも、青山は“アジャイルコーチ”として、顧客提案や社内コミュニティ活動などを通じたアジャイル開発推進活動も行っています。

「『アジャイル開発をしたい』というお客様に対して、まずはアジャイル開発について説明することが大切です。環境や体制上、アジャイル開発が適さない場合もあるので。アジャイル開発を進める段階に進んだ場合は、アジャイルコーチという役割でお客様とのチームに参画してサポートをすることもありました。

 

今は社内向けの活動が中心です。現在は総務や人事といった管理部門の業務にアジャイルの考え方を取り入れ、業務改善につなげるサポートをしています」

管理部門の業務を知る中で、青山は“真面目だからこその壁”を感じたと言います。

「クレスコに限ったことではないと思いますが、管理部門は法務、財務、人事など、各部門できっちり業務が分かれていて、さらに部門内でも担当業務が属人化していることが多い傾向があります」

この形は日々の業務をこなしていく上ではとても良いけれど、新しい取り組みに適応しにくい形なのだと、青山は続けます。

「真面目に業務をやっているがゆえに、変わることができなくて苦しんでいるという印象です。もっと戦略的に、効率化などの施策を取り入れやすくしたい。それを、アジャイルを使って実現できたら、と考えています」

ITスキルをつけた先に芽生えた「変わりたい」という想い

▲技術研究所員時代、研究成果のポスター発表イベントにて(青山は写真中央左)

 

大学では経済学部に所属していた青山。「SEに向いているのでは」という家族のひと言がきっかけで、2000年にクレスコに新卒入社しました。

「入社後は、金融業界を担当する部門に所属しました。現在はクレスコの会長である根元さんが当時の部長でした。プログラミングが好きになり、それを知った上司に、金融向けのJavaフレームワーク開発の案件に異動させてもらったこともありました。その後2008年ごろからは、ITアーキテクトとして人材業界を中心にさまざまな開発案件に携わりました」

2015年には開発チームを離れ、技術研究所に異動します。

「キャリアを重ねてきて、ITスキルは身につけられてきたと思っていました。でも、その先の成長を考えると、同じことばかりやっていても限界があるかなと。当時、技術研究所は社員の公募も行っていたので、自ら手を挙げて異動しました」

当時、技術研究所内では研究テーマが複数あり、青山は“開発技術”をテーマに研究活動を行いました。

「金融向けのフレームワークの開発に携わっていたころから、開発技術というテーマに興味があったんです。それまではクレスコ独自の、どんな業界向けのシステム開発でも使える汎用的なフレームワークがなかったので、異動前から自作していたものがありました。異動時から社内で活用し始め、今も使ってくれている開発チームもあります」

技術研究所で1年半活動した後、再び開発部門へ戻った青山。開発チーム内での活動のかたわら、他のチームにフレームワークを広めるなど、社内向けの活動も引き続き行いました。その中で、青山はアジャイル開発に出会います。

「当時の所属部門でアジャイル開発のスキルをつけようという方針があり、“スクラムマスター”の研修を受けました。アジャイルという言葉自体は知っていたのですが、実際に研修を受けてみると、今まで自分がやってきたものと全然違う考え方だったので、衝撃的でした」

これまでとは異なる世界ではあるものの、自身の成長を考え、「変わりたい」と感じていたという青山。ここからアジャイルコーチとしての青山のキャリアが始まりました。

勇気を出して一歩を踏み出し、開いたキャリア

▲社内の「マネジャーMVP」を受賞した副賞として、「Cloud EXPO 2015」の視察旅行に行った時の一枚(青山は写真中央)

 

青山にとって、アジャイルとの出会いはキャリアにおける大きな転換期となりました。

「もともと、私は新しいことがあまり好きではなかったんです。性格的にも『自分が理解できる、納得できるものだけをやっていたい』という考え方で、仕事も自分の得意な領域をずっとやってきました。スキルも高くなったので、自分の経験だけである程度答えが出る領域も広いと感じていました」

その中で出会ったアジャイルは、何もかもがわからないところからのスタートだったと振り返ります。

「年齢も年齢ですし、それなりに経験を積んできた中で新しいことを始めることに対しては、正直怖さもありました。それでも、『本当にこのままでいいのか』と思い直し、2020年からアジャイルに力を入れて取り組み始めました」

アジャイルへのチャレンジを通して、自分自身のマインドにも変化があったと言います。

「以前はあまりお客様と会話するタイプではなかったんです。私の得意分野は技術スキルだったので、強みを生かす采配だったこともありましたが、お客様に会いに行くような業務はほとんどありませんでした。

 

それが今は、何か機会があったらまずは話を聞いてみる、できるだけ顔を出して直接話すことを心がけるようになりました。我ながら結構変わったと思います。昔の私を知っている社員からも『変わったね』とよく言われます(笑)」

青山は、「この変化はアジャイルそのものがもたらしたものではない」と続けます。

「『新しいことにチャレンジした』ということが自分を変えるきっかけになった、その新しいことがアジャイルだった、と思っています。行動様式が変わったというか。自分自身のことよりも、チームの状態はどうかとか、より良い成果が出るかとか、より広い範囲を見るようになったと思います」

成長するためにトライして、変化し続ける

▲2017年、オフサイトミーティングにオブザーバーとして参加した青山(写真右)。テーマは“生産性の徹底的追及”だった

 

青山は、通常業務の他にも2023年からCAS(※)メンバーとしての活動をしています。

 

※ CAS:各部門から選抜された、技術に強みを持ち、社内外でエバンジェリズムを発揮するメンバーが集まる組織

「これまでも社内でアジャイルや生産性向上に関するコミュニティ運営、勉強会の講師といった活動はしてきたので、CASになったからといってコンセプトそのものは変わらないのですが、外部発信には力を入れないといけないな、と思っています。

 

CASの立場としては、クレスコの社員から『こんな人になりたい』のような、技術的な部分での憧れの存在にならなければ、という気持ちもあります」

新しいことへのチャレンジでキャリアは変わっても、青山の原動力は変わりません。

「一番重要なのは“成長”です。社会人になって20年以上経ちましたが、もっと成長したいですし、まだまだできることを増やしていきたいと思っています。

 

自分自身が何かをする上で、チームや周りの成長も含めて「成長できるか」は常に意識しています。会社だってもっと成長できるはずだと思っています。そのために何をどう変えていくのかを考えるのは楽しいです」

立場上、若手エンジニアからアドバイスを求められることも多いと言います。

「『何を学べばいいかわからない』という相談をよく受けますが、何をしたら“正しい”のかという視点から考えていることが多い傾向です。

 

しかし、私の経験上、正しいものは時代によって変わります。だから、少しでも興味を持てるものを見つけたら、それが将来役に立つかどうかなどはあまり考えずに、まずやってみることを勧めています。そういうスタンスが、成長していく上で重要だと思うからです。

 

あとは、仲間を見つけることも大切ですね。IT業界は昔から変化が速いと言われていましたが、現代はより速くなったと感じています。昔みたいに1人で頑張ってなんとかなるレベルじゃない。だから私はコミュニティに参加してつながりを作って、教えたり教わったりしています。そういう場に入ってみるのも良いと思います」

クレスコはラテン語で“成長”を意味します。その言葉を体現する存在の一人として、青山はこれからも変わり続け、自分を高め続けていくことでしょう。

 

※ 記載内容は2023年10月時点のものです